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2022.01.03

2022年 初フライトはアップグレードで富士を見ながらお節

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2022年、今年は珍しく福岡でも晴れて初日の出が拝めたらしいが、例年通り東京で初日の出を拝んだ。
そして昨夜の紅白歌合戦を思い出そうとしたが、ほとんど思い出せない。ネットや元旦の正月番組では紅白の話題も盛り上がっているのに……
正月早々、2022年の紅白は録画して見直すことを心に誓った。

20220101-130411s元日は家を出たこども達もパートナーと一緒に集合し、賑やかなお正月となった。これまではバラバラに買ったり作ったりしたお節料理をお重に詰めていたが、今年は人数も増えるしということで、初めてamazonでお節の3段重を購入。
黒豆や数の子、海老、がめ煮や卵焼き、焼き豚などの定番料理は別に用意し、こちらのお重は品数が多くて一つ一つは少量だったので、酒を飲みながら手を出すのにちょうど良かった。

大晦日から大量のアルコールを消費し、結果、玄関先には多くの空き瓶が並んだ。

2日は朝から映画99.9を見て、お昼は何故だか猛烈にラーメンが食べたくなり(映画のせいではなく、年末からのお酒の締めに胃袋が今頃になって欲した!)幸楽苑であっさり塩ラーメン。

そして例年通り、3日に福岡へ。予約していた便は国際線仕様の787Mだったのでプレミアムクラスの席数が多く、アップグレードポイントで無事プレミアムクラス、しかも富士山が見える窓側を確保!

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離陸すると、久しぶりに上空からの富士山を拝むことができた。
機内では、2度目のお節料理をつまみ、スパークリングワインで改めて新年を祝いながら福岡へ。

今年も安全に、良い釣りができますように。

 

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2021.12.31

運行停止中のB777のエンジンには、ネットらしいカバーが掛けられていた

12月29日、令和3年最後の飛行機での移動。福岡空港は久しぶりに賑わっていた。
早朝からの弱い雨は傘をさすほどでもなく、空港周辺はただただ冷たい風とどんよりとした雲に覆われていた。

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定刻通りに離陸したB787が雲を抜けると、そこには、あの前澤氏も先日12日間滞在した宇宙へと続く深いブルーの青空。窓から見える翼には何カ所も塗装を補修した痕が見える。
羽田に向けて太平洋側から房総半島に向けて降下を始めると再び雲の中へ。雲に入ると、翼の先も見えない。かつては有視界でなければ空を飛べなかったので、雲に入る瞬間のパイロットの心境は恐怖以外の何物でもなかった様に思う。
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雲を抜けると、太平洋のむこうに落ちていこうとする太陽が雲に隠れていた。

着陸してターミナルに向かう途中、滑走路脇に駐機しているB777がいくつも見える。そういえば、コロナ禍で航空需要が落ち込むと、減便したうえに機材も小型化し、かつてB777が主要機材だった羽田~福岡航路でも飛ばなくなった。今、そのB777はこうして飛行場の片隅で、エンジンにカバーのような物ををかけられて佇んでいる。

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このカバーは、駐機している間に風に飛ばされて異物がエンジン内に入ったり鳥が住み着いたりしないようにだろうか?
オミクロン株はインフルエンザ並の脅威度のウィルスとなれば、再び観光業は盛り返すだろう。しかし、ビジネスの出張はコロナ前のようにはいかないはずだ。オンラインの会議や打ち合わせが日常となった今、これまで必要だと思って容認していた移動の時間とコストは削ることができると気付いてしまった。これからの出張は、「ご褒美」となるのかもしれない。
令和4年にはこのカバーがはずされ、再び定期便に就航することができるのか、それともこのままANAの国内線からB777は退役してしまうのか。

さて、令和4年、2022年はどんな年になるだろうか?
良い釣りができる年になりますように。

 

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2021.12.06

憧れのホテルニューグランドで2年ぶりのホテル泊。充実の横浜の夜

事務所に出かけるため、家を出ようとしているところに妻から電話。
「今度、2日間横浜で仕事なので泊まってゆっくりしない?」との提案。
東京~横浜は普通に通勤圏だから別に泊まるほどでもないが、息子も出張で家にいないので、無理して帰ることもない。思い返すとベルギー取材以来コロナ禍で外泊していない(東京~福岡の移動はどちらも自宅)。GoToにも縁が無いので、久しぶりにホテルに泊まって横浜の夜景と中華街を楽しむことにしよう。僕が車で行って、帰りは一緒に帰ってくれば良い。

まずは予約サイトでホテル選び。といっても泊まりたいホテルは一つ。上京して初めて横浜に行った時に、中を少し見学しただけの老舗ホテル ニューグランド。当時は本館しかなかったが、今はタワー棟が新設されて上層階からは横浜の景色を楽しめる。海外取材の時にはいつも利用していて使い勝手も解っているExpediaでと思ったが希望の部屋がなく、初めてのbooking.comでベイサイドビューの部屋が予約できた。しかも、2名朝食付きで24,235円!  

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13階ベイサイドビューの部屋からの眺めはバッチリ。
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大桟橋には飛鳥Ⅱが停泊している。近くクルーズに出向するらしい。
パシフィコ横浜で仕事が終わった妻との待ち合わせは、ちょうどクリスマスマーケットが開かれていて中間点にあたる赤レンガ倉庫。
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日が暮れると、大桟橋に停泊している飛鳥Ⅱには照明が入り、海に浮かぶクリスマスツリーのよう。
ぴったり同じ時間に煉瓦倉庫に着いたが、あまりの人の多さに入場は断念。一度ホテルに荷物を置きに戻り、中華街へ夕食に。
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多くの人が行き交い、それぞれの店の前では客引きが盛んに声を掛けてくる。路地にもたくさんの中華料理店がひしめいている。高級中華ではなく飲茶だね、と、どの店にしようかとぐるぐる回る。飲茶の食べ放題は安いところでは1680円(+税)。高くはないけど食べ放題といってもそれほど食べられない。で、飲茶定食と鶏とカシューナッツ炒め定食を頼んで、追加で食べたい物を注文することにしたが、2つの定職だけで十分。
追加の注文はせず、飲み物を入れて3000円ちょっと。支払いはカードもオンライン決済もできない現金のみ。昭和だなあ。
中華街をぶらぶら散歩し、お土産に月餅を買ってホテルに戻った。

20211205-211250s 20211205-202103 バーで一杯楽しもうとSEAGUARDIANⅡに直行したが、満席で入れず。席が空いたら連絡してもらうことにして一旦部屋に戻り、その間にルームサービスでシャンパングラスとワインクーラーをお願いし、持参のシャンパーニュを冷やしながら電話を待つ。

間もなく電話が入り、バーの席に座るとホテルのオリジナルカクテルをオーダー。妻はサボイのカクテルブックにも掲載されている「yokohama」。僕は縁起良さそうな「ミリオンダラー」。久しぶりのホテルのバーでの時間を楽しみ、部屋に戻り夜景を眺めながらグラスの泡も楽しんで眠りについた。

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翌朝、朝食を食べようと席に着いたレストランの窓からは氷川丸が正面に眺められたが、その奥にはなんとガンダム!しかも動いている。開業前の試運転のタイミングだったらしい。ラッキー!

久しぶりのホテル滞在、充実した横浜の夜を楽しめた。来年も泊まりに来ようかな?チェックアウト後には山下公園から大桟橋を散歩し、久しぶりにベイブリッジを渡って湾岸線を北に向かい家路についた。

 

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2021.10.31

36年ぶりに、レストラン ラ・マーレへ

急に決まった衆議院解散総選挙は東京滞在の日程と合わず、10月31日だけでなく期日前投票もできないはずだった。しかし、12月のPET CTとその後の検診日などが決められると、逆算したら次の東京戻りは10月末が最適となった。それに、ちょうど結婚記念日も重なるということで、急遽投票も兼ねて結婚記念日を東京で過ごすことにした。

フィンガーボールの思い出

今年になって妻が、ラ・マーレにまた行きたいと言っていたのを思いだした。バブル直前の36年前、付き合い始めた頃、まだ20代半ばでフランス料理なんて縁遠い生活をしていた。ヨット部だったので葉山へはしょっちゅう行っていた事もあり、最初のちゃんとしたデートに背伸びして選んだのがラ・マーレ。2階のレストランでコース料理を食べたのだが、ここで想定外のフィンガーボールの登場!ワタリガニのスープだっただろうか?とにかく、ワタリガニの料理に付いてきたことだけは微かに記憶に残っている。お昼だったし車の運転もあったのでお酒は飲まなかったが、どんな料理だったかは忘れてしまってもフィンガーボールのことだけは今も忘れない。次にフィンガーボールが出てきたのは、上海蟹を食べた時だったか?この30年ほどは経験ないから尚更記憶に残っている。いずれにしても思い出深いレストラン。

緊急事態宣言中は何処にも行かなかったし外食もしていない。ちょうど結婚記念日だし、湘南の海を見るのも良いだろう。予約しようとサイトを見ると、2階・3階のレストランは週末・休日はずっといっぱい。逆に1階のカフェ・ブラッセリーは予約を受け付けないので、最悪待てば入れる。

ということで、朝のうちに投票を済ませていざ葉山へ!

意外!全く渋滞無しで葉山へ

前日の土曜日は、緊急事態宣言のいろんな制限が25日に解除された後の最初の週末だったせいか、中央・東名・関越などの各高速道路では20km、30kmの渋滞が発生していた。ある程度の渋滞は覚悟のうえで妻を乗せて出発。湘南方面へ車で出かけるのは20年ぶりくらいだ。

高速道路も路線が追加になったり色々道路も変わっているだろうから、カーナビの指示に従って安全運転に徹する。福岡の流星号とは違い、東京の車(こちらも2003年型と車齢はいってる)は昨年末にカーナビを新しくしたばかり。地図データも新しい(2020年)ので都心の道路でも安心。案の定、首都高から横浜横須賀道路に分岐した辺りから急に分岐と合流が増えて、しかも分岐先の地名がわかりづらくて怪しい雲行きに(空までも)。こりゃカーナビ無しだったらたどり着けるか?という感じ。最後の最後に逗葉新道の入り口への分岐を間違えて逗子市街に入って少しロスをしたものの体勢に影響なく、予定より随分早く11時に到着!

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36年前と変わらぬ佇まい。早く着きすぎたのでまだオープン(11:30オープン)前。その分レストラン目の前の駐車場も空いていて、ラッキー。入り口のウェイティングリストに名前を記入し(それでも4番目!)30分ほど周辺を散歩することに。葉山マリーナの前には海の駅や県営駐車場(これは前から有ったか?)ができていたりと少しは様子が変わっている所もあったが、基本的にはほぼ前のまま。ラ・マーレのすぐそばにあったデニーズもよく利用していた(日曜に早く目が覚めたりすると、朝ご飯を食べに来ていた)が、こちらは残念ながら「なぎさ橋珈琲」に変わっていた。ただ、外観や内装はほぼデニーズの時のままのようなので、機会があれば寄ってみたい。

11時半にオープンすると席に案内されて、テラス席と中とどちらがお好みですかと尋ねられたが、今にも雨が降り出しそうな空模様で風も冷たいので、外が見渡せる窓側の席(最後の1テーブル)を選んで着席。
20211031-113618s20211031-113608sちょうど入り口も、店内全体も見渡せる席。
スペシャルコンボ(ランチコース)に本日のスープを付けてのお昼。

20211031-113943s20211031-115450sメインには妻は旬のお魚とお肉、僕は特製ハヤシライスを注文し、シェアしながら珍しくゆっくりした昼食。

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やがて雨が降り出し、外のテラスで食事をしていた人たちも急いで退避。雨も強まり席から見える入り口に、順番待ちの人が増えてきたところで店を出ることにした。

帰りも雨の中急ぐこともなくスムーズに車は流れ、3時前には帰宅。青い海と空を見ることはできなかったが、妻も満足してくれたのが一番。首都高と有料道路代で往復5000円以上。ガソリン代入れると…しかし、カミサンが喜んでくれるなら、これからも少しくらいの遠出はしてみるか。

 

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2021.09.11

911、同時多発テロの20年前とコロナ禍の現在を重ねてリモートを考える

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20年前の2001年9月11日。この日は日本を大型台風が襲っていて、父の誕生日を二人で酒を飲みながら過ごしていた。ニュースステーションが始まると、久米宏さんが「本来なら台風のニュースから始めるところですが、アメリカから入ってきた映像から」(多分こんなニュアンスだった)と世界貿易センタービルから煙が上がる映像に切り替わった。そして生中継をしているところに2機目の旅客機が突っ込み、やがてビルが倒壊。その後はペンタゴンに別の旅客機が突っ込み、テロ犯に抵抗して墜落した旅客機が出るなど、次から次へと飛び込んでくる新たな出来事の連続にまんじりともせず一夜を明かした。


21世紀になったばかりの世界を大きく揺るがす事件、国際テロ組織アルカイダによる同時多発テロ。この日を境に世界は一変し、アメリカは20年に及ぶアフガン戦争に足を踏み出した。

Dsc00032 同年11月、ニューヨークの現場・現状を自分の目で、肌で見て感じておきたいと、2泊4日の強行軍で出かけた。
911同時多発テロの後、いつどこでまた航空機のハイジャックやテロが起こるかわからないので、日本政府も企業もアメリカへの渡航を自粛するよう求めていた。特にアメリカの航空会社の利用は避けるようにと。
幸い、僕が自己責任で渡航することには、誰かから制限されることも家族の反対もなかった。友人の記者からは「現地に行かせて欲しいと会社に要望したのに、危険だからと行かせて貰えなかった。羨ましい」と言われながら出かけた。
ニューヨークへ向かうANAの便は空席が目立ち、乗客の多くはアメリカ人と思われる外国人。アメリカ本社のクライアントさんでも、アメリカのエアラインは使わないよう指示があったという。

Dsc00033_20210911101801 JFKに到着し、マンハッタンのホテルへ向かおうとタクシー乗り場に向かうと、「タクシーか?」と呼び止められ連れて行かれて乗ったのが白タク。乗ってしまってから失敗した!と気がついたが後の祭り。危ない目に遭いながら(長くなるので割愛)も無事に到着し、NY在住の大学の後輩夫妻と合流した。

まず、彼らに事前にコーディネートしてもらっていた WEBER SHANDWIC (PR会社)を訪問し、911後のNYについてヒアリング。その後動き始めて間もない地下鉄に乗り、グラウンドゼロへ。地下鉄の構内に降りるとまだ焦げ臭い臭いが残り、地上でも南から風が吹くと、焦げた臭いが漂ってきていた。
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地上へ上がると、グラウンドゼロ(もちろん、規制線が張られ近づけない)を見に来た人や行方不明の身内や友人を探す人などでごった返していた。グラウンドゼロは、柵の隙間からようやく見ることができたが、まさに大型爆弾が落とされたような惨状だった。
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夕暮れとなり人影もまばらになる頃、消防署の前を通るとたくさんの花束。グラウンドゼロにも亡くなった消防士へのメッセージが残されていた。誰もが消防士を自分たちのリアルなHEROとして感謝と敬意を示していた。
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繋がりを求めて「リモート」へ

そして夜。向かったのは「Remote Rounge」。911テロの後、疑心暗鬼に陥ったニューヨーク市民は外出も控え、皆StayHome。人の動きは極端に減っていたという。まだスマホも無ければ出会い系サイトもFacebookもTwitterもLINEも無い。誰かと話す機会も減り、特に一人暮らしだと夜出かける場所もなく人恋しくなる。
そこで注目を集めたのがこの「Remote Rounge」。

薄暗い店内には、船の計器のような機器と受話器が付いたモニターが設けられた席が並んでいた(一番上の写真)。モニターには店の入り口や店内に設置されたカメラで入ってくるお客さんや席に着いている人の様子が映し出されている。今のような液晶の綺麗なモニターではなく、一昔前の監視カメラのモニター。鮮明ではないものの席にいる人には店内の様子がわかり、人が座っている席には番号が点灯するんだったか。受話器を取り話したい席の番号を押すと、相手の席に何かの表示が出て、相手が受話器を取れば話をすることができる。

話をすることでお互いを癒やすというラウンジ。街コンや出会い系とは違う静かな空間。顔は見られなかったように記憶している。

そして20年後の今、コロナ禍で再び「リモート」が注目されている。こちらはもちろん、「Remote work」。20年前と同じくStayHomeが求められ、人との接触を避けた。政府や自治体からは、できるだけ出社を控え、同じ空間を共有せず離れた場所で仕事を進めるよう要望された。その結果、リモートワークを進める企業はオフィスを縮小し、在宅やリモートで仕事ができる環境を整えた。僕の事務所も今週、縮小・移転した。リアルでは離れていても、それでもしかしネットなどで繋がっている。繋がっていなければやはり不安になるのだ。

20年前に話を戻すと、NYで僕を迎えてくれたのは大学の後輩だけではなかった。福岡からの旧知の友人であり、朝日新聞NY支社のSさん(今はHuffPost JAPANのCEO)など、多くの日本人が歓迎してくれた。911後日本から誰もやってこ来なくなっていた(それまでは必要も無いのに旅行気分でやってくる上司も多かったらしい)ところに、リスクを顧みず来たと言うことで、NYにいる日本人に声を掛けてくれて夕食は楽しい時間を過ごした。
クライアントさんの広報担当者は本社フィラデルフィアから陸路、わざわざ握手をするためだけにNYまでやってきてくれた。

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現地に2日という弾丸ツアーではあったものの充実した時間を過ごし、再びJFKへ。短い滞在中に一目惚れして購入した大きなアポロロケット(サターンV)を機内持ち込み手荷物として持っていた。セキュリティーが厳しくなり、空港は建物に入るだけでも手荷物検査。きっと中身を確認されるだろうから余裕を持って行った方が良い、というアドバイスをもらい、手荷物検査も無事通過し飛行機に乗り遅れることなく帰国できた。

911から20年後の今年、あの日一緒にニュースステーションを見ていた父は息を引き取った。
本当なら今日、92歳の誕生日を迎えていたのだろうが、そんなに長生きを希望していたわけではなかった。

そんなことを思い出しているところに福岡の母から電話。父が好きだった一番搾りを仏壇に供え、92歳の誕生日を祝っているとの連絡だった。ビジネスはもちろん、冠婚葬祭も法事も、リモートが新しい生活スタイルを作り出すのかもしれない。

 

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2021.05.13

緊急事態宣言下の福岡空港はこんなことになっていた。そして羽田では初体験も

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昨日から福岡県にも緊急事態宣言が発出された。飲食店ではアルコール類の提供ができなくなり、警固公園もフェンスで囲われてしまった。

客観的なデータを見れば、単位人口当たりの感染者数では人口160万で一日313人の新規感染者が出る福岡市の感染状況は、1400万人で969人の東京を遙かに超えている(5月12日)。範囲を広げて福岡県(5月12日の新規感染者は人口510万人で635人)でも東京よりも深刻だ。データだけを見れば福岡市にいるよりも東京に行った方が感染リスクは低いとも言える。

だから東京に逃げるとわけではないし、不要不急の外出や移動は自粛するようにと言われても、月に一回の検診でどうしても東京には戻らなければならない。

1カ月ぶりの福岡空港は、欠航便が増えたせいで離発着する飛行機の数も減った上に使用する機材も小型機ばかりになり、かつて大型機がびっしり並んでいた景色は過去のものになってしまっていた。

ラウンジにも緊急事態宣言の影が

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ラウンジのドリンクコーナー。

僕は国内線の飛行機に乗る際、基本的にはラウンジでアルコールを口にすることは無い(プレミアムクラスにアップグレードできたら機内では飲むけどww)。なのでビールサーバーやアルコールのコーナーには関心が無かったのだが、いきなりこんな光景になっていてイヤでも目に入った。緊急事態宣言の発出を受け、アルコールの提供を中止したとの貼り紙だ。一仕事終えてラウンジで一杯引っかけて飛行機に、と思っていたお父さんはがっかりだろう。そういえば、ラウンジで酔っ払ってやらかしたどこかの重役もいたなあ(とおい目)。

羽田ではターミナルまでバス

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およそ1カ月前に予約したときには、確かB787だったと思うが、2度の機材変更を経て今日乗った機体は座席数146のA320(32P)。それでも、満席にはほど遠い状況で福岡を離陸。そして羽田空港に着陸して再びいつもとは違う景色に面食らった。第2ターミナルに着いたのかと思って飛行機の外に出てボーディングブリッジを渡ると直ぐに階段。いつもなら長い廊下に出るはずなのに?
階段を降りるとそこにはバスが。あれ?

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一度建物に入ったのにバス?どういうこと?

20210514-084616 帰ってから羽田空港の衛星写真を確認すると、こんなのを発見!第2ターミナルは写真下、46~48番搭乗口があるサテライトターミナル(写真中央左)とも違う離れ小島のような施設。ANAのサイトにも出ていない。降機時のみに使用される立派なバス乗り場のような施設なのかな。こんな施設があったのか!

ターミナルのボーディングブリッジは埋まっている様子も無かったし、こんな所で降ろしてバスで移動。経費節約なのだろうか?
いずれにしても初めての経験で新しい発見もあった、緊急事態宣言下2都市間の移動体験でした。

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2021.04.15

桜が満開の那珂川、しかし初めての北関東遠征は空振り

僕の釣行先は福岡から日帰りできる佐賀~大分の範囲か、東京でも日帰りできる範囲に限られている。特に関東圏では山も深いし川も多い上に土地勘がない。情報を集めて確信が持てないとわざわざ出かけることはない。これまでの釣行は奈良子や忍野、養沢など主に中央高速を使って行ける所か、近場の朝霞ガーデン、あるいは冬期限定のしらこばと水上公園のプールフィッシングくらいだった。

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先月、友人が突然マンションを売却して都会生活を捨て、西那須野の別荘地に中古の家(ドームハウス)を購入し引っ越した。箒川と那珂川の真ん中!彼はこれからここを拠点にキャンピングカーで日本全国を旅する計画なのだそうだ。釣りをする人間にとってはなんと羨ましいことか。ところが彼は釣りをしない。そんな良いところに引っ越ししたのなら、彼の家を北関東の釣りの拠点にするべくflyfishingの世界に引きずり込んでしまえ!そこで、使っていないタックル1セットを手土産に彼のドームハウスを目指した。

S 片道160kmほどを東北自動車道を使って2時間ちょっと。渋滞もなくスムーズに到着。しかし、天気は下り坂。夜は雨が降る中の東屋でバーベキュー。数年ぶりに顔を合わせて時間が経つのも忘れ、日本酒をしこたま飲みながら話し込んだ。さすがに寒くなったのでドームハウスの薪ストーブの前に移動し、更にバーボンハイボールのグラスを重ねた。

翌日は昨夜からの雨がまだ残っていた。予報では10時くらいには雨も上がるはずと霧雨が降る中を出発。昨日セブンイレブンで購入した遊漁券(日釣り1500円)を持ってまずは那珂川へ。このあたりは那珂川北部漁協の管轄河川。漁協のサイトには放流情報なども細かく記載されている。確認しておいた放流ポイントをまずは目指す。駐車場に車を駐め、入渓の準備をするが霧雨と強い風が治まらない。ちゃんと川へ降りるスロープも整備してあり、入渓・退渓は問題ない。昨夜からの雨で増水や濁りが心配だったが、水はクリアで美しく青い水。しかし、川原には多くの足跡が残されており、連日多くの釣り人が訪れている事は容易に想像が付く。

20210414-114348s 20210414-114512s 雨も止まず風も強い。ちょうど鯉のぼりを川に渡す作業をしていたが、強風のために難航していた。既に渡された鯉のぼりは、ほぼ真横になって勢いよく泳いでいた。僕一人なら釣りを強行するところだが、今回はflyfishingが初めての友人を伴っている。雨と強風に身体が冷え、彼は早々に戦意喪失。無理に付き合わせるのも申し訳ないし、このまま無理な釣りをするとflyfishingを嫌いになりかねない。

20210414-121207s20210414-120618s もうすぐ12時、ひとまずお昼を食べて身体を温めて落ち着こうと近く のそば屋に入る。東京や福岡の桜はすっかり終わってしまっているのに、このあたりはちょうど満開。けんちん蕎麦で身体を温めて会計を済ますと、お店の人から「釣りですか?」と尋ねられた。「はい」と答え状況を尋ねると、残念な回答が。

「放流された魚よりも釣り人の方が多いくらいでしたよ」とのこと。途中の木の俣川も同じ状況だったようだ。多分、北浅川と同じような状況なのだろう。ということは、釣り上げられずに残った少ないヤマメを狙うことになるのだが、初めての川だし今の時期は古湯のようにライズを見つけてそれを拾う釣りになる。しかしこの天候と風ではプールでも水面は波立ち、水生昆虫の姿もほとんど見られないのでライズもない。魚の気配も感じられない。このまま釣りを続けても体力を消耗するだけで、風邪さえひきかねない。残念ながら今回の那珂川での釣りはここで撤収。木の俣川でもちょっとだけ竿を出したけど同じ。

川にいても東京のクライアントさんからの電話などにも対応できたが、ドームハウスに戻りメールのチェックや返信など落ち着いて仕事をかたづけ、再び夜は二人でグラスを傾ける。

そして翌日は朝から快晴(一番上の写真)。この天候が一日ずれていればなあ。
次回のリベンジを誓いドームハウスをあとにした。

ほぼ定速走行の平均燃費は普段の倍の15.6km/リットル(東京の車、HONDA アヴァンシア ヌーヴェルヴァーグ2003年式はレギュラーガソリン) だったので、消費したガソリンは片道約10リットル。高速代金と合わせて6,000円弱。往復で約12,000円。梅野川への釣行も往復で約5時間だけれど、こちらは高速を使わず行程約200kmのガソリン代(流星号はハイオク、約15リットル)だけ。東京で釣りに行くとやっぱり高くつくなあ。

それでもいつかは神流川や桂川、那珂川で尺ヤマメをネットに納めるべく挑戦を続けよう。

 

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2021.04.08

街はすっかり密だらけなのに、こんなにガラガラだった2つの場所

緊急事態宣言が解除され、福岡の街中もすっかり人で溢れている。みんながマスクをしていることと、中国語や韓国語が聞こえてこない以外、2年前の景色とさほど変わらない。全国の都市部は何処も同じような状況に戻ったようだ。

年度終わりから始まりの春休み、入社式や入学式、人事異動などで都市間の移動をする人も多かっただろうし、いろんな式典やイベントとその前後で多くの人との接触が増えたことは容易に想像がつく。その結果か、大阪府や宮城県などで感染者が急増し、まん延防止等重点措置の摘要要請が相次ぎ最初に適用されたのが4月5日。無症状の感染者がコロナウイルスと一緒に動き回った結果だろうか。

ガラガラのB787

その翌日の4月6日、福岡から東京へと移動するためにお昼前に出発するANAのB787の便を予約。3月はあんなに人が多かった空港はガランとし、減便のために発着する航空機の数もすっかり減っていた。

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搭乗すると、空港同様に機内もガランとしたもの。トイレに立った時に機内を見渡すとほとんど人影がない。3月の福岡~羽田の往復はA321ではあったもののほぼ満席だった事を考えると随分な変わりよう。街中は日常の生活に戻っているけれど、長距離の移動はビデオライブに取って代わられたのかもしれない。

人がまばらの浅草寺

そして今日、上京していた友人と突然会うことになり、浅草で待ち合わせ。浅草文化観光センター 8F にあるアサクサミハラシカフェでコーヒーを飲みながら1時間ほど談笑。もちろんマスクを付け、コーヒーを飲むときは外してと…。そういえば、外でリアルに顔を合わせて1時間も話したのは久しぶり。

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別れる前に窓から見下ろした浅草の街は、これまたガラガラ。コロナ禍以前なら路面なんか見えないほどの人で埋め尽くされていた仲見世通りも雷門前もご覧の通り。インバウンドや地方からの観光客がすっかりいなくなったせいだろう。

街中の蜜とのこの違い。
今の日本の中で進む2極化が、こんな形でも現れているのだろう。

早く日常が戻りますように。

 

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2021.03.17

海外旅行に行きたいなあ。いつになったら行けるのかなあ?

コロナのせいで国境をまたぐ自由な移動ができなくなって1年。ANAのマイレージも有効期限が近づいてきている。このまま時間切れとなり航空チケットに替えることなく、商品に取り替えることになるんだろうか?
20210124-1551071s20210224-1200461sそんなことをぼんやりと考えていると、目の前の10cmもない小さな自由の女神像に目が止まった。

この自由の女神像は、2回目1989年の海外出張(1回目は1987年に南回りでドイツ)でNYからお土産に持ち帰った物。32年前の土産か。
腕の付け根に亀裂が有る。手に取って見ると見事に折れていた。東日本大震災の時に棚から落ちて、損傷していたんだろう。もの自体が小さいので気付かなかった。裏側から見ると上腕部分が剥がれ落ち、中に針金のような心棒が見えている。そのおかげで腕が落ちるようなことはなさそう。

この自由の女神像と対で記念に持っているのが、エンパイアステートビルの屋上展望台の入場チケット。生まれて初めてのニューヨーク、キングコングでさえも登ったビルに登らずに帰られようか!と自由時間に登ったときの物だ。自由の女神と対面する場所に小さな額に入れて飾っている。
それから17年後、初めてアメリカ本土に足を降ろす妻と訪れた時には、リバティ島に渡りフィギュアではない本物の自由の女神像を足下から見上げた。そして再びエンパイアステートビルにも登った。その時のチケットはカラー印刷のなんとも味気ない物だった。

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とはいえ、屋上からのNYの夕景は変わらず素晴らしい。12月の冷たい空気に震えるようにしながら、ハドソン川の向こうの空の色の変化を楽しんだ。

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海外に行けるようになるのは、来年なのかなあ?
それまでは国内、ヤマメ釣りに少し遠出するかな。

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2021.02.26

東京オリンピック実現のための、ごく私的な妄想提案

コロナ禍で東京オリンピックの開催が危ぶまれている。マスコミ各社が行ったアンケートでもほとんど開催に否定的。
NHKが今年1月に実施したアンケートでも、開催すべきはたった16%!
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※グラフは上記NHKのNewsサイトからお借りしました。

このアンケート、選択肢が「べき」しかないが、「可能なら開催して欲しい」という前向きな回答も選択肢に入れていたらどうだっただろう?

ところで、お役所仕事や古い体質の企業だと何かやろう、新しいことを始めようとすると「できない理由」をあげつらう人が必ず出てきて、その人の声が大きいと前に進まなくなる事は良くある。議論が「やりたい」人と「やりたくない」人とのパワーゲームみたいになっている。このコロナ禍で、緊急事態宣言を発出するべき、継続するべき、あるいは出すべきでない、早期に解除するべき、と正反対の主張がネットでも展開されているが、これも同じ。対立する2者は、それぞれ別の未来を目指しているのだから相容れない。

話を東京オリンピック・パラリンピックに戻すと、東京オリ・パラを「やって欲しいかそうでないか」、あるいは「東京で開催されるオリンピックを見たいか、見たくないか」という聞き方をしたらどうなんだろう?僕は自分が生きている間に自国開催のオリンピックを肌で感じたいと思う(前回の東京と札幌冬季五輪は子供だったし遠くの光景をテレビで見ただけ。長野は行けなかったが身近に感じてテレビを見て興奮した)。

今は新型コロナの感染が拡大するからという理由で開催できないという空気だが、どうしたら開催できるかは考えられないのだろうか?2020年の開催が東京に決定したときの興奮を忘れたんだろうか?

そこで勝手に開催する方法を妄想してみた。
要は、コロナの感染をいかに回避するかということに尽きるはずだ。

1,選手・大会関係者は

先の全豪テニスが一つの指針になりそうだが、選手や大会関係者は事前にワクチンを接種してPCR検査で陰性確認、国別のチャーター機で入国。感染者が出たら行動を共にしていた人間は隔離あるいは帰国。全員開会式の2週間以上前に入国して陰性者のみの参加を確認して開催。

発症した感染者が出た場合を想定して、民間のフェリーか現在運休中の大型旅客船を借り上げて、選手村の前に病院船として待機させる。

2,観戦客はクルーズ船で

外国から観戦にやってくる観光客はクルーズ船でのみ入国可とする。しかも、乗客・乗員全員が乗船後2週間以上下船していないこと。もちろん、乗船前にはワクチン接種・PCR検査済み。洋上で2週間の隔離を済ませて日本に入国になるので安心。クルーズ船にはダイヤモンドプリンセスで教訓を得たように、最初からもしも感染者が出たときに備えたゾーニングを施すこと。

世界中で停船したままになっている豪華クルーズ船が、大挙して東京湾に集結する光景を想像するだけでワクワクする!これだけで東京オリンピック・パラリンピック期間中は多分、後にも先にも無い世界のクルーズ船が一堂に会する一大イベントとなる。

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iCluiseの客船図鑑には世界中の客船が紹介してあるけれど、数が多いのでプリンセスクルーズとリージェント・セブンシーズ・クルーズの船の部分だけをキャプチャしてもこれだけある。もちろん、帆船でも大型クルーザーでも、ヨットでも海上を2週間以上かけてやってくればOK。
東京湾がカリブ海や地中海の様な光景になったら楽しくないですか!?
クルーズ船一隻まるまる借り上げて病院船というのも良いんじゃないかな?隔離されても豪華な船旅気分は維持できるということで。
これだけ長期のクルーズ旅にお金を出せる財力と時間的余裕を持つ人なら、粗暴な人もいないだろう。

多分、今の日本の感染防止対策をきちんと実行していれば夏に市中での感染拡大はほぼ考えられないし、クルーズ客からの感染もそれほど心配する事もないと思う(そもそも感染してない人間だけが入国するんだし)。オリンピック期間中は感染が心配な高齢者はワクチン接種も完了しているはずだし、心配なら人との接触を避け熱中症に気をつけながら自宅で過ごしてもらう。

いかがだろうか?
まあ、あれはダメ、これはダメという人ばかりでこれからの実現は困難とは思うけれど。来年なら世界中にワクチンが行き渡って大丈夫というのなら更に1年延期も良いけど、中止だけはして欲しくないなあ。

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