« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

2015年3月の記事

2015.03.27

LCC周辺の話題が多い中、ジャーマンウィングスの事故で日航機の逆噴射事故を思い出した

20150327_121712
さっきチケット店の前を通ったら、ANAの株主優待券がヤフオクよりも安かった。いや、ヤフオク出品者の即決価格が、町中の相場よりも高くなってしまっているといった方が良い。内にこもって外に出ることなく、町中の相場を調べずに出品するからこんなことになっているのだろう。

JALの再上場で、株主優待券が出回り始めた(ANAよりも相場は高い)。LCCも台頭する中、ANAは巨額増資による優待券が溢れたことなどで、株主優待券の相場はピーク時の1/4くらいまで値が下がってしまった。僕には有り難いことだけれど、株主にとっては実質の+αの配当価値がそれだけ下がったと言うことにでもある。
ところで、LCCといいながら、正規料金をみるとLow Priceとは言いがたい(だからLPCと言わないんだろうか?)。スカイマークが参入したときのように、正規料金を大手の半額にはして欲しいものだ。4月からの成田第3ターミナルの運用開始で、LCCの国内線は一層活性化するだろう。国内線の価格が下がってくれれば嬉しい。

ところが、このタイミングでジャーマンウィングスの事故(事件?)はなんとも間が悪い。

ジャーマンウィングス機の事故原因は、副操縦士が意図的に墜落させたという見方が濃厚になってきた。こうなると事故とは言えない。150人を道連れにした無理心中みたいなものだが、無理心中とも違う。搭乗者の中に副機長と個人的な関係がある者がいたという情報は今の所無いので、単なる巻き添え。自殺なのか別の目的で墜落させたのかもわからない。メンタル面からくる行動だったのか、ある目的を持った行動なのかもわからない。
操縦士が引き起こした事故と言えば、日航の片桐機長逆噴射事件を思い出す。大手航空会社であろうとLCCであろうと、人による意図的な行為はチェックの仕組みやマニュアルでは防げない。もちろん、事前にそれを察知するのは極めて難しい。自分が乗る前に、その機の操縦士を面接できる訳でもない。海外ではさらに選択肢は狭まる。

せめて、自分の乗る飛行機だけはそんなことに巻き込まれないようにと、祈りながら乗るしか無さそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.23

提案-火・水・木曜日の22時台、キー局が曜日変わりで報道番組を

僕は基本連続ドラマを見ない(というよりも毎週同じ曜日の同じ時間に自宅でテレビを見ていることはほとんどなかったから)ので、夜の10時台にテレビを点けると消去法で報道ステーションにチャンネルを合わせることが多い。
しかし、どうしても最近の報道ステーション、見ていて違和感がある。
(逆にスポーツ報道への取組は他のスポーツ番組と一線を画していて面白いし、松岡修三さんの視点や先日のイチローと稲葉の対談は良かった)

繰り返しになるが、僕が報道ステーションを見ているのは、他に選択肢が無いから(今なら水曜日だけは「残念な夫」を見ている)。そんな見方をしている人は多いんではなかろうか。かつてニュースステーション(報道ステーションの前身)をスタートさせたテレビ朝日は、危機感を持って他局とは違う路線に舵を切る大英断に踏み切ったのだと思う。他局がドラマで視聴率を競い合っていた頃に、あえて報道番組をぶつけてきたのだから。

そこから長い年月が過ぎ、今テレビの見方も見ている世代も大きく変わった。ドラマは録画して見れば良い。別にリアルタイムである必要はないし、ビデオオンデマンドでも良いかもしれない。少なくとも、30分や1時間のタイムシフトをしても良いからゆっくりくつろいで見たいと思うのではなかろうか。しかし、日常の生活パターンがだんだんと夜型にシフトしている現代では、夜の10時台と言ってもくつろいでテレビで連続ドラマを見ているとは限らない。独身のビジネスマン/OLならなおさらだろうか。
スペインの例では、夕食のスタートは夜の20時以降だし、22時に自宅でテレビの前に集まって家族でドラマを見ていることは珍しい。
日本でも共働きが当たり前になり、一方で結婚しない独身者が増える中、連続してみなければならない番組がそんな時間帯放送されてもリアルタイムで続けてみるのは至難の技。いっそ、連続ドラマはレコーダーで毎回録画を予約して、日常は連続性に縛られないその時に一番気になる番組を見た方が精神衛生上良いはずだ。

そこで提案。
平日の22時台、東京キー局が曜日変わりで報道番組をスタートしたらどうだろう?もちろん、報道ステーションはそのままで。
夕方の報道番組をあれだけ充実させる(といっても東京のキー局であっても僕には芸能ネタが少ないローカルなワイドショーにしか見えない)のであれば、夜に週1で渾身の報道番組をぶつけても面白いと思う。週末には各局で報道番組いろいろあるけれど、それぞれ独自の視点・切り口で面白い。しかも、放送時間帯がほとんどかぶらない。
一方、平日はどの局も23時台の同じ時間帯に持ってくるので、見る側はどれかを選択するしかないうえに、深く取材した報道は希だ。22時台は選択肢がないのに、23時台は逆に一つしか選べない。

であれば、各局渾身の充実した報道番組を週の半ばでそれぞれ披露しても良いのではないか?

月曜日はグローバルでも週末に経済活動もほとんど無いのでそのまま、火曜日は日テレ、水曜日はTBS、木曜日はフジ、金曜日はまともに見ないのでそのまま、とか。テレビ東京は10時台に独自の経済をテーマにした報道番組を複数持っているから乗る訳はないし、こんなもんでしょう。

報道ステーションも、同じ報道番組を比べる視聴率という客観データが開示されるので、良い刺激になると思うのだけれど、どうだろう?


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.22

ポカポカ陽気に誘われて、3月に梅野川

20150322_063627s例年、梅野川の初釣行は4月、桜が咲く頃と決めていた。標高400mほどの中津江ではだいたい4月中旬。3月中は雪が降ったり路面が凍結したりで、危険なこともある。水温が低い上に釣り人が多いので、ドライでは厳しい。
ところが、昨日は福岡で23℃まで気温が上がった。これなら梅野川にも安心して出かけられるだろうと、夜明け前に出発。風も無く、霧なのか黄砂なのか、日は昇っているはずなのに太陽は見えない。
201503223s蜂の巣公園を越え、下筌茶屋の前を通過した当たりで、流星号に見たこと無いアラートが。雪マークで4℃の表示。福岡を出発したときの気温は11℃だったのに、7℃も下がっているの?
更に進んで中津江の駐在所前の電光掲示板の気温は2℃!橋などなら、濡れた路面は凍結していてもおかしくない。やはり山を甘く見てはいけないのだ。
7時過ぎに無事梅野川に到着し、いつものお店で今年の遊漁券を購入。20150322_073026sしかし、今年は何か違う。金額は同じだけど、木札の作りはなんだか雑だし、遊漁中、車に見える様に表示することとして渡された青い「遊漁中」の札も無くなった(写真の札は昨年2014年の物)。古湯の4000円に比べたら、津江漁協の3500円は安いし管理も行き届いている。経費節減でこんなことになったのなら、4000円にしてもらって良いから、引き続き川の管理や釣り人のマナーの徹底に頑張って欲しいと思う。

201503226s流石に今日の陽気では、釣り人も多かった。初日なので最下流から上まで釣り上がろうと思っていたけれど、既に先行者が鯛生川の合流点にいたので、次の入渓ポイントから川に降り、最初のプールでフライを沈める。ライズも無いのに、この水温と気温ではどう考えてもドライフライを結ぶ気にならない。プールの底を目指してフライを沈めて流すと、すぐにヒット!大きい!
しかし、さんざん走られて左手でネットを準備したところでロッドが軽くなった。バレた。優に8寸はありそうな魚体だった。気を取り直してもう一度流すと再びヒット。今度はさっきよりも大きい。いきなりまっすぐに正面むこうに走り、ロッドを立てていなす間もなくその強い引きでティペットが切れた。逃がした魚は大きかった。
フライも持って行かれたので,フライもチェンジして再度沈めると、またヒット!今度こそランディングするぞと慎重にやりとりをし、再び左手でネットを掴んでヤマメを取り込もうとしたところでまたフックアウト。
なんと同じポイントで連続3回もバラしてしまった。
このあとも頑張ったが、さすがに当たりは無く、そのプールをあとにした。

2015032210s10時を過ぎる頃には渓にも日差しが入り始め、温かくなり浅い瀬ならドライでも出そう。カディスを結び、瀬を流すと反応がある。深みの岩陰から22cmのヒレピンさんが出てくれた。

その後、ドライとニンフをポイント毎にとっかえひっかえしながら、27cmを筆頭に、25cm、22cm、18cm、15cmといったところ。それ以外にバラシが8回。もうスレて喰いが甘くなっているのだろうか?今日一日、プールでもヤマメの姿はほとんど見ること無く、底の方に張り付いているヤマメを引きずり出した感じ。写真の22cmはヒレピンだったが、25、27cmは放流魚で尾ヒレがまだ欠けていた。
少し早めの16時に納竿して流星号で下ると、釣り人の車が10台以上。ひょっとしたら、これまで僕が見た中では一番多かったのではなかろうか?ルアーマンも多かった。これなら古湯同様、ヤマメも学習するのは早いはず。

やはり水温がまだ低いので、次回は4月の桜の開花をめざしてということにしよう。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.20

ミシェル夫人が乗ってきた米国の要人専用機

20150319_101717s
初めて羽田空港から大分へのフライト。
福岡への便はだいたい60番代の搭乗口から出発することが多いので、搭乗手続きと手荷物検査は東南側のC/Dの検査場を通り、そちら側のラウンジを利用するのが常だ。しかし、今日は初めての大分便。20150319_095922s北ウィング寄りの、しかもバスターミナルの502番搭乗口。北側のラウンジも初めての利用(以前、北ウイングの一番端に有った頃には何度か利用した)で、南側とはずいぶんと景色が違う。
そして、バスに乗って飛行機に向かうと、目の前に見慣れない機体。なんと!機体には「UNITED STATES OF AMERICA」と書いてある。昨日から日本を訪問しているファーストレディ・ミシェル夫人を乗せてきたのだろう。
アメリカの政府専用機といえば、映画でもおなじみのB747をベースにした大統領専用機。大統領が乗った機体のコールサインが「エアフォースワン」なので、大統領専用機≒エアフォースワンであって、必ずしも=ではない。
映画「エアフォースワン」でも、最後に大統領(ハリソンフォード)が乗り移ったC130のパイロットが、「コールサインの変更を申請します。ただ今より当機はエアフォースワン」(こんな感じだったと思う)っていういかにもアメリカ映画的な盛り上がりが印象に残っている。

とすれば、この機体はどういう位置づけなのだろうかとググってみると、B757をベースとした要人専用機が6機あるのだという。今回ミシェル夫人が乗ってきたのはそのうちの1機ということは間違いなさそう。因みに、この機体に副大統領が乗ると、「エアフォースツー」となるらしい。

20150319_101734s思いもしなかったアメリカの要人専用機の隣(といっても随分離れているが、間には他の機体は無し)に駐機しているANAのB737に乗り込むと、これもまた思いもしない光景が!
B737にまさかのプレミアムシート。国内線のB737に、上級シートが設定してあるとは思いもよらなかった。しかもこの便、ハワイアンエアとのコードシェア便というのにも驚いた。

と、色々と新鮮な驚きとともに羽田を飛び立ち、この春一番熱い大分に降り立った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.19

自宅の固定電話を「非通知設定」していたのを忘れていて……

20150319_221121s
また電話のことで大もめ。
いつだろうか、NTTが電話番号通知(表示)サービスを始めた時に、年寄り夫婦(まだ今よりもずっと若かった)の実家では、一緒に話し合ってしばらくは何があるか不安だから非表示にした。まだ両親が携帯電話を持つ前だ。そしてそのまま今に至る。
だから、そんなことはすっかり忘れていた。
電話した先では非表示になっていることはわからないし、そんな設定をしたことも記憶の彼方だ。

ところが、今時は「非表示」の電話からは「着信拒否」設定しているところも増えて来た。携帯だとそういう設定をする人は多いだろうし、個人宅だけでなく、企業でも素性のわからない電話は拒否する。
世の中のいろんな事に文句が多い父は、あることが気に入らなくてそこに電話をしたらしい。しかし、こちらが非表示設定をしているので先方で拒否されて繋がらない。それでまたイライラがつのる。
僕にしてみれば、「繋がらなくて良かった」という思いの方が強いのだが……

で、父はNTTに電話。
「186を頭に着けて電話すれば繋がります」と説明されたという。
「どうしてそんなことしなきゃならないんだ!?」と夕食時に怒り出したのが今夜の発端。

10年以上も前に設定した「非表示」の設定が、ほとんど固定電話から発信することの無くなった今頃になって問題になるとは思ってもいなかった。みんな酒が入っているしだんだんと声が大きくなる。いつの間にか本題が何だったかわからなくなり、売り言葉に買い言葉でお互いに怒っているだけ。

わかってはいるけれど、感情的になってしまうのは、親子だからなの?
「明日、NTTに電話して非表示設定の解除をするから」と言ったものの……

人生修行の日々は続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.15

やっと今年の初ヤマメ しかし嘉瀬川本流では反応無し

201503148s
3月1日の解禁初日は、古湯でボウズを食らってしまった。
解禁日は、釣り人にとっては正月みたいなものだから確実に1尾が狙える川に向かう。だから、魚も多くて福岡からも近い古湯C&Rエリアは人気なのだ。例年、解禁直後の週末は、クルマを停めるのも苦労するくらいに人気があるスポットだった。
ところが、今年は違っていた
3月1日の解禁日、多くの釣り人が訪れるものの、さっぱりヤマメの姿が見えない。誰も釣っている姿を見ない。この僕も解禁日は顔なじみとの久しぶりの再会も楽しみで向かったが、全く魚の反応は無く、いつ以来か記憶をさかのぼれないくらいの解禁日ボウズとなった。見ていると多くの釣り人が訪れて竿は出すものの、さっぱり反応が無いのですぐに他の川へ行ってしまうの繰り返し。だから川原がクルマで埋まることは無かった。

それから2週間ぶりの釣行。プロ野球選手の開幕初ヒットまでの打席がプレッシャーである様に、釣り人にとってもシーズン最初のランディングまでは緊張するものだ(大間のマグロ一本釣り師ほどではないが)。
2015031410s今日こそは1尾をと思い、古湯の前に背振の小渓流に先週届いた小林さんのRodを持って川に降りるも、こちらも全く反応無し。例年なら、型が良いヤマメは出なくても10cmくらいの当歳魚はすぐにとびついてきたもの。今年はどうしたんだろう、全く反応が無い。ところでこのRod、2年前のシーズンに折れてしまったRodが、なかなか修理できないので修理完了までの間の代竿として小林さんが自分の竿を送ってくれたもの。流石に自分の為に作っているだけに、ずいぶんと拘りが感じられる。バランスも良いし美しい。返さなければならないRodだから、雑には扱えない。何よりも、このRodを使い続けたら2度と手放せなくなりそう。だからこれからは封印することにした。

201503141s朝まで降っていた雨も上がり、午後からは天気も回復して水温も上がるだろう。ひょっとしたら古湯でライズが?と期待してお昼前に再び古湯へ。
常連さんが見限ったのか、解禁以来の不調がネットでも話題になっているからか、釣り人は1人だけ。クルマも1台。昨年までの3月の週末だったらこんな光景はなかった。
川原にクルマを停めて、タックルの準備をする前に、C&R区間の主要エリアを歩いて見て回ったが、やっぱり魚の気配が無い。このまま嘉瀬川本流に竿を出してもとてもヤマメが顔を出すとは思えない。そこで、小林さんのショートロッドのまま、支流の貝野川を釣り上がる。
201503149sハヤの群れはあったが、ヤマメの姿は見られず。その代わり、土筆が顔を出していた。見回すと、菜の花を始め、足元には小さな花が咲き誇り、川にはたくさんの種類の鳥が飛んでいた。
もう、すっかり春なのだ。

貝野川では結局ヤマメの反応は無く、一旦お昼休憩。
201503147sその間にも目の前の川面を観察するがライズもなく、魚の姿も見えない。空は晴れ渡り日差しで重ね着はしんどくなってきた。セーターを1枚脱ぎ、嘉瀬川本流をあきらめて天河川へと足を向けた。
この判断が良かった。
大きくはないけれど、浅い流れの中から18cm、15cm、15cmと3尾のヒレピンヤマメをゲット。どう見ても放流魚ではない。放流魚は何処に行ったんだろうか?本当に放流したんだろうか?と再び疑問が湧いてくる。それに加え、川に入っても走る魚影が見えない(ハヤもカワムツも走らない)のが気になる。ひょっとして水質に何か問題でもあるのだろうか?漁協は原因を調べた方が良いかもしれない。

今シーズン、古湯は復活できるのか?
年券買ったんだから、頼むよ~~

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015.03.13

凄い時代になったモンだ 深海の武蔵をYouTubeで生中継


YouTubeでの武蔵生中継。
PCの端に中継画面を置いて、横目で見ながら仕事をしていたけれど、本当に驚くことばかり。

日本とアメリカを衛星で繋いでテレビの中継がスタートしたのは1963年。翌年の東京オリンピックを世界に中継する準備でもあった。その中継で初めて伝えられたのが、なんとケネディ大統領の暗殺事件だったことも衝撃だった。NASAなど国家レベルの事業だった中継が、50年後には個人でもそれが可能となった。

こうして、仕事しながら何千kmも遠く離れた深海1000mの様子を、生で見られることの驚き。しかも高解像度のカメラで撮影し、それがハイビジョン映像で送られてくる。
カメラを積んだ潜水艇は有人でも無線操縦でもなく、ケーブルを繋いだ有線操縦。太いケーブルによって高画質の映像が送られていた。1000mを超える長いケーブルで。
最後に浮上した潜水艇(撮影機材と呼んだ方が良いか)は、黄色い大きな箱型で想像していた物とはずいぶん違っていた。
巨大なヨットには、有人潜水艇も積んであったし、その大きさと設備には圧倒される。NHKのドキュメンタリー撮っているようなスケール。
これが個人の活動なんだから。

と親父が福岡で感心している時に、次男は高校で卒業証書を受け取っていた。カミサンからLINEで写真が送られてきた。
そういう時代に生きているんだ。

卒業おめでとう。

追記
生中継は、YouTubeで約35万人以上、ニコニコ生放送で約15万人、世界で50万人以上が生で見ていた。
2020年の東京オリンピックでは、スタジアムから個人でネット中継する人が大勢出てくるんだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.11

東日本大震災から4年 安倍総理に提案

20150309_171029s
あの日からもう4年も経ってしまった。
テレビでは被災地の「今」を伝える映像が流れ、新聞では4年前のことや復興のことなど、さまざまな視点で東日本大震災に向き合っている。
一方で、被災地から遠い日常では、その意識もさまざまで、4年前に意識された「絆」もほころんできた。安倍政権は被災地の復興よりも、憲法改正、集団的自衛権の行使容認の実現の方が重要のように見える。
原発への考え方では、来日したメルケル首相からの提案にも耳を貸そうとはしない。

僕は、脱原発には賛成だけれど反原発ではない。
ドイツはメルケル首相の強烈なリーダーシップで、自然エネルギーへの転換を図っているが、日本では結局火力発電に置き換わっただけで、化石燃料の輸入と発電由来のCO2の排出量は増えた。原発に神経質になりすぎて、地球温暖化に目を背けてしまっている人が多すぎる。原発からは逃げられても、地球からは逃げられないのだ。地球温暖化は、まさに地球レベルで阻止しなければならない問題なのに。個人的には、日本の原発よりも韓国の原発事故の方が怖いくらいだ。

2030年に全廃という目標を設定したのなら、そこに向けたロードマップを作成し、再生可能エネルギーによる発電目標と技術開発も同時に行わなければならない。今は、原子炉は運転を停めているだけで、廃炉になった訳ではない。原子炉は存在し、核燃料もそこにある。完璧にコントロールできない原発は動かすべきではないし、廃炉に向けて作業に取りかかれば良い。しかし、きちんとコントロールできる原発はどの順番でいつ廃炉にするということを先に決めて再稼働させる。再生エネルギーによる発電が計画より順調に進めば、化石燃料による発電量を減らして、CO2の排出量も減らせる。そうすればいずれ火力発電も最低限まで減らすことができる。


3月11日は、こうして日本の未来を考える日でもある。
しかし、被災地の事を忘れてはならない。
一昨日、福岡へのANA便の機内では、こんな日本赤十字社のコップで飲み物がサービスされた。
目に光る星は、何の涙を表しているのだろうか?

感謝?
希望?

絶対に不安や失望の涙にならないようにしなければならない。
安倍総理、今こそリーダーシップを発揮してください。
復興完了するまで、国会を東北の被災地に仮設で移すくらいのことを考えてみてはいかがでしょう?


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.10

東京大空襲から70年、親父が突然戦争の記憶を話し始めた

20150309_131941s
今年は終戦70年の年。そして今日は東京大空襲の日。
東京都庁には、大空襲による焼失地域の地図が掲示してあった。

東京大空襲を振り返るようなニュースを見つつ、父と酒を飲みながら東京都庁にある地図の事や空襲被害の事を話していた。すると、父がおもむろに戦時中の話しを始めた。

祖父が戦前に朝鮮半島に渡り、釜山で商売を始めた。父は釜山で生まれたが、物心ついたときには祖父は病に亡くなり(37歳だったという)、祖母が1人で5人の子どもを女手ひとつで育てた。終戦後の引き揚げ船で産まれて初めての日本、博多に戻った。その船中で、金品と共に家系図やいろんな物が盗難にあったという。
日本に引き揚げてきてからは、長姉が嫁いだ家の離れの物置の2階に家族が住まわせてもらっていた。
父は、そこから高校に通い、就職した。
母とはその職場で知り合い付き合いを始めるが、祖父(母の父)から「自分の家も持たないような、何処の馬の骨ともわからん奴に娘はやれん」と言われて近くに家を建てた。父は長男(男1人)だったので,家長であり祖母を始め家族全員が引っ越しをしてきて同じ家で暮らすことになった。
結婚を許されたが、母は姑と小姑との生活が始まった。当時では当たり前のことだけれど。
親父が家を建てたから、僕が今この世に存在できているのだ。
ここまでの話しは、母親からも恨み言も半分に聞いていた。

僕が産まれた家(自宅で産婆さんに取り上げられたので、本当に産まれた家)と、それまで祖母を始め家族が暮らしていた家とは歩いて5分くらいの所。その家を守っていた父の長姉の長女(僕には従姉妹)が、先月朝の仕事を終えて風呂に入っているときに息を引き取った。くも膜下出血による突然の別れだった。

父は、今までほとんど戦争中の話しをすることは無かった。釜山という土地に産まれて育ったからなのだろうか、それとも当時のことを思い出したくないだけだったからなのだろうか。それはわからない。
しかし、今日初めて戦争の記憶を口にした。

どうして今頃?と尋ねると、
「戦争の話しなんか聞きたくないだろうと思っていたから」と。
きっと、口に出すことも苦しく辛い経験、記憶だったのだろう。
戦争の記憶は、それぞれの人の中にしかない。共通の体験もあれば人それぞれの記憶もある。
父だけでなく、高齢となり記憶が薄れていく前に、吐き出せなかった思いを家族が受け止めなければならないのではないだろうか。

東京大空襲70年、東日本大震災から4年を迎える日に思いもしない父との時間が、自分にも振り返りのきっかけを与えてくれた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.04

初の大分空港、そしてソラシドエア

20150304_164702s
大分から東京への移動に、初めてソラシドエアに搭乗。
正確には、コードシェアの全日空便だけど。
大分空港は大分市中心部から大分離れている。福岡を拠点に動いていると、なおさらそれを感じるのだが、大分市中心部からならバスで約1時間。大分駅前から15分間隔で出ているので、思ったほど不自由な感じでは無い。
5年ほど前までは、空港までの足にはホバークラフトも運航していたが、今はそれも無くなってバス路線だけとなった。天気も良かったし、運行しているのならばホバークラフトにも乗ってみたかった。

20150304_164521sバスはほぼ定時に空港に到着し、カウンターで搭乗手続きをしていると、目の前にピカチュウの折り紙が入ったカゴがある。これは何ですか?と尋ねると、こういうのもありますよ、とあめ玉と大分空港のマスコットマーシャル君のシールと一緒にセットになったピカチューをくれた。
ピカチューは多分職員みんなが手作りで折った折り紙。手書きで顔が描いてあり、裏には両面テープが貼ってあった。テープの裏紙をはいで、胸やカバンに貼るのだろう。
20150304_162910s20150304_162918s手荷物検査場では、さすが温泉県!小物を入れるカゴは、風呂の手桶!
大分駅のトイレには温泉マークののれんが掛かっていたし、観光の玄関口では徹底したアイデンティティの統一とアピール。感心させられる。

そして、初めてのソラシドエア。会社名はスカイネットアジア航空なのに、いつの間にかソラシドエアになっていた。今でもスリーレターはSNA。スカイネットって、ターミネーターの悪者ロボットを作り上げるコンピュータネットワークの名前だから、そのアジアブランチみたいな名前でそもそも僕には印象があまり良くなかった。
B737の機体と機内は、淡く鮮やかなグリーンとグレーの色使いで清潔感がある。CAさんの制服は薄いグレーのワンピースで、この2月からグレーの制服に変わったANAよりも親近感が持てる気がした(流石におじさんも写真撮影は…)。
機内サービスも普通で、思いの外快適なフライト。

ソラシドエアって Soraseedだというのも、今回初めて知った。空から幸せの種を蒔く、ソラシド。ドレミファソラシドから取っただけかと思っていたけど、もっと深い意味があったのだ。

こういう、ミッションをブランド・社名にするって良い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.01

2015解禁はなんとボウズ!、嘉瀬川 古湯C&R区間にヤマメ放流してない?

201503014s
待ちに待った解禁日。
北部九州地方は生憎の冷たい雨のスタートとなった。天気予報では、午後から雨は上がるということだったので、朝、少しゆっくり目に出発し、古湯には9時過ぎに到着。
201503011sまずは、今年の遊漁券を購入しなければならないのだが、古湯のメインストリートがお化粧直し中。遊漁券を売っている「中島商店」と「やつだ屋」(道路を挟んで向かい合わせ)の前が狭くなって、クルマが停められない。ちょっと先の農協の駐車場に流星号を停め、歩いて戻り年券を購入。僕はいつも中島商店で買うのだが、親父さんが「今年も連れると良いねえ。去年は解禁日に100匹釣った、っていうお客さんもいたけど、あれは本当かねえ?」と。「100匹はウソでしょう」という短い会話をして店を出、いつもの川原に流星号を停めた。
雨のためか、今年はクルマの数が少ない。ポイントを移動しようとしているflyfisherに声をかけると、全く反応が無い、魚影が見えないとのこと。雨のせいで水温が下がり活性が上がらないのか?
ドライフライは雨に叩かれて釣りにならないから、午前中はニンフで探るしかない。と、いつもヤマメが溜まっている(はずの)プールにニンフを沈めるが全く反応無し。フライを変え、流す深さを変え、さらにはポイントを変え……
201503013s本当になんの反応も無い。魚影も見えないし、魚の気配も無い。
見る限りでは、餌釣り師の竿も曲がることが無い。ルアーの釣り人も全く釣れてない。
そんな感じなので、釣り人はしばらく釣っては川を離れていく。だから入れ替わり立ち替わりでクルマの台数が増えないのだ。
しばらく釣って移動していると、「釣れますか?」と声をかけられた。
「まったくダメです。反応無し」と応えると、「そうでしょう。私、2週間くらい前から川の様子を見に来てるんですけど、天気が良い日の本来ならライズが始まりそうな時間でも、まったくライズが無いんですよね。ヤマメいないんじゃないでしょうかね?」という。
そんなまさか?と思いながら釣り続けるも、本当に反応が無い。

あまりに反応が無いので、午前は早々に切り上げ、お昼休憩。
食事を済ませて雨が止むのを待った。
そして、天気予報通り、正午を過ぎた頃に雨は上がり、フライをドライに変えて再び川へ降りた。
しかし、ライズがある訳でもなく、それらしいポイントにフライを流しても、見に来る魚もいない。
午後は釣り人の車も増え、見覚えのある顔が増えて来た。午後1時過ぎ頃にライズが始まったが、ヤマメではなくハヤ。ヤマメの姿は見えない。コカゲロウが盛んにハッチし川面をたくさん流れてくるのに、水面が割れることは無かった。
いつもここで情報交換する常連さんの様子が,いつもと違う。頭に日釣り券のリボン。
「昨日、様子を見に来たけど、全く魚影は見えないし、ライズも無いから、嫌な予感がして年券買わなかったんだよね。正解!」と。
彼らも全く反応無しで、魚影も見てないと言うことだった。
「今年、漁協で放流してないんじゃないの?」との疑惑まで飛び出した。
そして、とうとうボウズ(ハヤは釣れたけど)のまま納竿。

帰宅して、ネットで今年の嘉瀬川の放流情報を探したけれど、見つけることはできなかった。

昨年、「どうして古湯は魅力を失ったのか?」というエントリーを上げたが、本当に放流してなかったとしたら、もう古湯に行くことは無くなるだろう。ここは、すぐ上流に嘉瀬川ダムができたのでヤマメは上流に行けない。この川ではヤマメが遡上して産卵する自然繁殖は難しいのだ。標高も200mあまりでは、夏には水温が上がって秋まで生き延びるのも難しい。越年できる個体は、極限られた数だろう。

そういえば、毎年解禁日に顔を見せる漁協の方も見かけなかった。
放流したかどうか、今後の放流予定はどうなっているのか、確かめなければ。

追記

週間釣りニュースの放流状況一覧にも。嘉瀬川は記載されていない様子。紙面を手に入れていないが、ayukazumiyu972さんの「気楽な日々」というブログでもそのことが写真付きで指摘されていた。
ますます怪しくなってきたぞ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »