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2015年2月の記事

2015.02.27

電話機に、着信が新規かリピートか表示されるといいのに

New_retメールや電話でお問い合わせをいただき、折り返しの連絡をすることは多い。だいたい、初めて電話をする先だ。
ところが、こういうときに困ったことや不快なことがよく起こる。
まず、対応する人がやたらと早口な方が多いのだ(そしてほとんどの場合は女性)。
社名を言っているんだろうが、何と言っているのか聞き取れない。最近は、IT系の企業からの問い合わせが多いので、ただでさえ聞き慣れないカタカナの名前では、正しく繋がっているのかさえも疑わしくなってくる。そのくせ、担当者不在で折り返しをお願いすると、何度も名前と電話番号を尋ねてくる。最初からこちらの名前も聞いて覚えようとしているとは思えない。電話を受けたときに、右手にペンを持っていることはまずないだろう。
もうひとつは、ぶっきらぼうな応対(こちらはだいたい男性)。

30年前なら、オフィスへの電話は代表にかけて、そこから内線で繋いでいた。僕たちが入社した頃は、大きな会社にはだいたい受付交換の部署があったものだ。それが人の手(交換手)を通さずに機械で繋がるようになり、今ではほとんど代表を通さず各部署への直通電話が案内されるようになった。名刺にも直通電話番号を印刷するのが普通。
そのため、いろんな弊害も出ることになる。

まず、電話のマナー教育がきちんとできていないと、かけてきた人に不愉快な思いをさせる。電話を取る方も、誰からかかってきたかがわからないので、電話口ではぞんざいだったり横柄だったりと、なんとなく電話の向こうの態度まで見えてきそうな話し方の人も多い。そもそも、日常では電話を通してのコミュニケーションが減っているし、携帯同士の会話では、電話そのものがパーソナルでプライベートなツールとなっている。
オフィスのそれぞれの机の電話にかかってくるのは、取引先か日常的に仕事のお付き合いが有る人がほとんどなのだろう。だから、早口でも通じてしまうし、態度もマナーもそれなりになっているんだろう。

そこに初めての人からの電話がかかってきても、そんな心づもりは無いのだから、日常の「適当で早口な」電話応対となってしまう(のだと思う)。

そこで提案。
電話機に一定期間の電話番号の発着信ログをメモリーさせて、接続回数が多い番号からの着信だと「」、回数は少ないけど初めてじゃない番号だと「黄色」、初めての番号からだと「」のランプが点くようにしたらどうだろう。そうすれば、初めての番号=「新規」だとわかるのだから、それなりに心構えをし、丁寧に電話に出るようになるのではなかろうか。

それに、こういう機能を持たせれば、オレオレ詐欺・振り込め詐欺の防止にも繋がると思うけど。
電話機メーカーさん、検討御願いいたします。


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2015.02.21

お風呂の水栓を交換、これで熱いシャワー復活!

20150221_145400s我が家は築25年を超すマンション。10年以上前に中古をリフォームして入居したけれど、お風呂は建築当時のまま。別に不自由は無かったが、2~3年前から冬のシャワーの温度が上がらなくなった。温度調節を最高にしてもせいぜい35℃程度。夏は普通に熱いお湯が出るので、冷水との混合比率が悪いのだろう。本当なら、お湯側と冷水(水道)側の吐水口のバルブを調節すれば解決するはずだが、古くてバルブが固まってしまい、それもできない。
20150221_185356デザインも今となっては古いし、ここはひとつ交換しようとamazonで「TOTO 浴室用 壁付サーモスタットシャワー金具 TMGG40E」を購入して自分でやってみた。
アメリカでは、水道工事の職人さんがもてるというし。

20150221_142602s20150221_142801sまず、交換に取りかかる前に新しい水栓の取付脚のねじ部にシールテープ(水栓には付いていないので、必ず別売りで購入しておくこと)を巻く。どのくらい、どのようにシールを巻いたら良いかなどは施行手順には書いていない。そこでネットで調べると、YouTubeを始め色々と見つかった。それを参考に巻いたのがこれ。これで準備は完了。

20150221_143311s20150221_143121s水道の元栓を閉め、今付いている水栓を取り外す。多少の力は必用でも、取り外しそのものはいたって簡単。取付脚を外すと、ねじの所にシールテープの残骸が残っていた。ねじ山そのものに止水パッキンの役目を持たせていたのだということがよくわかる。

20150221_145043s20150221_145333s取り外したら新しい水栓を取り付けるだけ。
まずは、取付脚をねじ込み、水栓本体の接続部・袋ナットの位置に合わせて調整。
続いて本体を取り付け、最後はスパナやレンチで締め付けて終了。

閉めていた水道の元栓を開いて、早速テスト。
熱いお湯のシャワーが復活!
次は、時間を作って壁の掃除だ(写真の壁が茶色く見えるのは、ステンレスシルバーとの対比で暗く移っているためです。念の為)。
1万6000円ほどの出費と30分ほどの作業で、家族みんなが、ちょっとだけ幸せになれたかな。

今夜はお風呂が楽しみだぞ。

20150221_145942s25年以上、お疲れ様でした。

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2015.02.15

渓流解禁まであと2週間

201403022sさすがに禁漁期間中は、釣りの話題はなかなかないもの。このシーズンオフは朝霞ガーデンにもほとんど足を運ばなかった。今年に入ってからはまだ一度も釣りをしていない。3月1日は本当の解禁だ。

20150214_093753sRodは数本所有しているものの、福岡で使っているのは小河川用には6フィート台のバンブー、比較的川幅がある河川で主に使っているのはカーボンのFREESTONE 763(5p)。昨シーズン、というよりも数年前に、そのFREESTONEの3ピース目の繋ぎ口に「ヒビ」が入った。これまでは何事もなかったが、そのヒビがいつ割れて使用に耐えられなくなるか気が気ではなかった。タックルは常に2セット持参するようにしているが、予備ではなく川幅や河川状況に合わせるための2本。もしもの時には予備のタックルとして使えなくはないが、そもそも1foot以上も長さが違う。つるや釣具店のキットで自作した 8f 3in は東京に置いているし、あれを福岡に戻すと東京で息子と一緒に釣りに行けなくなる。

20150214_094103sということで、シーズンオフにヤフオクで落札していたCAMPANELLAの8f。今はこのモデルC4803は終売していてラインナップにはないが、ずいぶんと繊細なブランクのようだ。3月1日はこのロッドの解禁にもなる。
昨シーズン3月2日の古湯釣行で、流星号のワイパーにとまったメイフライ。#16くらいか。極小ミッジの#24とか#26とかは、もうフライを結ぶのも苦痛になってきた。今年も解禁初日からこんなのがハッチしてくれたら嬉しい。
いずれにしても、解禁が楽しみだ。

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2015.02.14

バレンタインデーに思う

Img_0506
世の中はバレンタインデーで、昨日・今日の街はカップルやチョコを買い求める女性で賑わったことだろう。本来バレンタインデーは女性が告白する日ではない。そんなことはもうみんな百も承知。St.Valentine's dayがそもそもどんな日なのかなんてことすら考えもしない。チョコレートメーカーが仕掛けた販促キャンペーンにまんまと乗せられ、いつの間にか国民的な行事となり今に至っている。僕はバレンタインのチョコレートには縁が無い(今年も妻と娘、それに母親にはもらえた)が、バレンタインだからこそ考える機会ともなる。アメリカやヨーロッパでは、男女問わず愛する人にカードを送ったりするらしい。家族でカードを送り合うことも普通のようだという。そんな日なのだ。

Dsc00013先日購入したプリントスキャナーでポジのスキャンをし、改めて懐かしい写真を一枚一枚見ていくといろんな事が思い出される。家族の存在は本当にありがたい。今では家族に感謝する気持ちが自然に湧いてくる(僕は感謝という言葉が実は嫌いだ。特にSNSで感謝という言葉を連呼されると「偽善」にみえてしまう)。多分、サラリーマンをそのまま続けていたら、今のような気持ちにはなっていなかったかもしれない。一方で、サラリーマンを続けていれば、安泰だっただろうという家族への負い目もあるけれど。

いずれにしても、家族の存在は力になる。そう考えるお父さんならば、会社や組織、土地に縛られずに家族のために生活も仕事も考える。北欧やカナダは家族が第一で、家族との時間のために仕事をしていた。今、子育てやワークライフバランスについて本気で語っている人は、特別な組織(行政や大企業)で特別な役職(人事やダイバーシティに関わる部署など)にいる人(それも半分は役割意識だろう)以外では、フリーや中小企業の経営者しかいない。自営だったら家族有っての家業だから、そんなもん言うまでもない。そんな意識のない経営者がトップの大企業では、そもそもワークライフバランスやファミリーファーストなんて言えるはずもない。

今、家族と離れている時間も永いし、子ども達はそれぞれ離れてくらしている。しかし、LINEやFacebookなどで、リアルタイムでいろんな事が共有できている。現代のIT技術は、仕事だけでなく家族の時間・距離を縮めてくれている。良い時代だ。

こんな年齢になって改めて思う。
家族の存在はかけがえのないものだと。
ありがとう。

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2015.02.11

らくらくホンの機種変更で、どうして月々サポートの案内があるんだ? docomoの不親切な案内

20150211_151829母親が携帯電話(らくらくホン)の機種変更をするというので手続きに付き合った。
そもそも、父親の名義で契約しているところから面倒が始まった。
毎月送られてくる明細を父親が見てはあれこれ言う(女性は長電話が好きと相場が決まっている)ので、名義を換えたいという。それなら「プランをかけ放題にしてしまえば、月額固定になって誰にどれだけかけても料金一定、しかも今よりも安くなるよ」とアドバイスをして、まずは契約プランを変更することにした。そうしたら、液晶が調子悪いので、ついでに機種変更もしたいと言い出した。

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2015.02.09

憲法に明文化されていない「報道の自由」とマスメディアに向かうスタンス

外務省は7日、シリア渡航を計画していたフリーカメラマンの杉本氏に対し、旅券法に基づいて返納を命じパスポートを「取り上げた」。
朝日新聞によると、同省が名義人の生命保護を理由に旅券の返納命令を出すのは初めて。旅券法19条は、「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合」は、外相などが名義人に旅券の返納を命令できると規定。同省は同法に基づいて「緊急に旅券を返納させる必要があると判断」したとしている。

この報道を受けて、さまざまな反応が見られる。
湯川さん・後藤さんがあのような事になった後でわざわざ出かけていくのは常軌を逸している。自己責任とは言っても、周囲や国への迷惑を考えればいたしかたない。
そういう意見がある一方で、報道の自由・知る権利は憲法で保証されているので犯してはならないという主張もある。特に、ジャーナリストの間からは今回の外務省の対応に対しては問題視する意見が多い。そして
山本美香記念財団主催シンポジウム「なぜジャーナリストは戦場へ向かうのか」 が開催されるに至った。
これを受け、ハフィントンポストでも
なぜジャーナリストは戦場へ向かうのか「安倍政権の対応より論ずべきことがある」シンポジウム開催へ

という記事がアップされた。

戦場カメラマンと言えば、身近な所では渡部陽一氏、や「不肖・宮嶋」でおなじみの宮嶋茂樹氏等がいる。僕たちの世代だと、巨匠ロバート・キャパ、日本人でピュリッツァー賞を受賞した沢田教一氏が思い出されるが、2人とも戦場で亡くなっている。

どうして危険を冒してまでもジャーナリストが戦場や紛争地に行こうとするのか、行かなければならないのかは上記シンポジウムやハフィントンポストの記事で考えて貰えれば良いと思うのでそちらに譲るとして、それよりも根本的な問題がある。
実は、日本国憲法には「報道の自由」という文言が無い事だ。報道の自由に関わる条文は、

日本国憲法 第二十一条
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

「言論、出版その他一切の表現の自由」と「報道の自由」は微妙に違う。報道とは、一言で言えば知りたい事・報せるべき事を取材し、報せること。憲法で保証されているのは「表現の自由」であり、報道行為を保証していない。昔から「ペンは剣よりも強し」というが、ジャーナリズムは権力の監視機構であり、権力者にとっては目の上のたんこぶでもある。司法・行政・立法の3権を監視する第4の権力と言われることもあり、時の権力と対峙することも珍しくない。日本国憲法で「報道の自由」という文言が入れらななかったのは、そういう報道の監視を制限する為だったという話しも聞いたことがある。
報道を規制しようとする法案はこれまでもたくさん議論され、個人情報保護法や特定秘密保護法などが実際に施行されてしまった。自衛隊法や集団的自衛権の憲法9条解釈と同様、21条についてもどこまで拡大解釈(限定解釈)されるのかが問題になってくる。

一方、その(テレビなどの)報道を受け止める生活者も、単なる群衆に堕してしまっている。報道されるその事件や事象の本質に対して正面から向き合おうとせず、報じられる表面だけをなぞって話題にして終わる。
一つ一つの事件や事故には、その時の報道では触れられることのないそれぞれの人生や背景が存在する。大阪で起きた児童置き去り死事件や、騒音おばさんの事件などは、逮捕されるとその後をテレビや新聞で続報を伝えることはほとんどないが、ルポライターや週刊誌がその後も取材を続け、限られた紙の媒体で報じることがある。それを読むと、テレビでステレオタイプに報じられていた景色とは全く違う物が見えてくる。しかし、その時にはもう世間はその事故や事件は記憶の奥底にも残っていないことが多い。かくいう僕自身も、年のせいなのか偉そうなことは言えないが。

先週、報道番組は、「ダイハード」の「ソーンバーグ」になっていないか?をここでポストしたが、「報道」に対して今一度受け手である生活者も意識し、表面的な興味ではなく、知るべき事・事件の深層についてまで知ろうとする姿勢が必用な時ではないだろうか。その意思表示に現代の既存マスメディアが応えられないのであれば、ネットメディアへ移行するのはもう止めようはなくなるだろう。

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2015.02.08

KenkoプリントスキャナーKFS-A6DUALでポジフォルムをデジタル化してみた

20150208_142116sこの数年で、写真はすっかりデジタルになった。デジカメどころかスマホでも十分に綺麗な写真が撮れるのだから、日常では今更フィルムのカメラを持ち出すまでもない。印刷物に使う写真でさえデジタルで入稿できる時代。高校時代から大金をつぎ込み、レンズやアクセサリーを買い揃えてきたNikonの一眼レフカメラの出番もなくなってしまった。
カメラはいずれ売却するなりすれば良いけれど、撮りためた膨大な量の写真はそうはいかない。そもそも整理もできていない。紙焼きならまだ並べれば見えるが、ポジフィルムはライトボックスにかざすかスライドで投影しない限りは1枚ずつの写真を確認するのも難しい。

20150206_183955sそこで、メルマガでたまたま見つけたKenkoプリントスキャナーKFS-A6DUALを購入して整理することにした。35mmのポジフィルムをデジタル化したときの写真解像度は1200dpiとそれほど高解像度ではないが、PCのモニターで視るのなら十分。仮に画質が悪くても整理してファイル毎に管理すれば、ポジファイルのインデックスとして使えば良い。

早速箱を開き、説明書に従ってポジをデジタル化に挑戦してみた。
まず、箱を開くとこんな感じで本体が納まっている。20150207_170608sネガは、6枚綴りのスリーブの状態で連続して読み取るが、ポジはマウントされた状態でマウントアダプターにセットして読み取る。1枚ずつスキャンなので手間が大変。
20150208_102051s_320150208_102022sスキャンした画像は、SDカードに自動的に記録される。1200dpiの写真だと、1枚当たり300キロバイト程度。8GBのSDカードを挿しているので、ざっと2万5千枚ほどは記録できる。さすがにポジが2万枚もはないと思うので、このSDカード1枚に納まる計算。
手始めに、1992年にアメリカズカップ観戦に行った際の写真ファイルを取り出し、スキャンをスタート。
1枚セットして読み込んで、終了したらマウントから取り出して、次の1枚をセットして……と延々と単純作業が続く。しかも、1枚読み取るのに約30秒もかかる。500枚以上あったファイルを読み込むのに足かけ2日、ほぼ半日以上を要した。

Img_0072さて、スキャンした画像をPCで見てみるとなんだかピントが甘い。こんなに写真下手だった?手ぶれもピンぼけもまず起こりえないだろう、明るいところで広角レンズで撮った写真でもピントが甘くなっている。マウントにセットされ宙に浮いているフィルムを読み取っているため、精度が甘くなるのだろうか。印刷会社でポジを取り込むときには、真空にして読み取り面に圧着させるが、そんな精度は望めない。
それでも、ポジのファイルだけで保管するよりも一覧性は増したし、WEBで使う素材くらいにはなりそう。
何よりも、すっかり記憶の中では霞んでいた光景がまた鮮やかに蘇ったことは嬉しい。

20150208_100558sImg_0522ファイルの隅に、マウントが足りずにスリーブのままのポジもあったので、こちらはネガと同じ要領でスキャンしたらビックリ。スリーブは6枚連続だから効率が良いと思ったらとんでもなかった。
スリーブは、自動的にネガフィルムだと判断して反転されてしまうのだった。しかも、どういうわけかカラーポジがモノクロネガに。ということは、ネガを読み込めば自動的に反転されてポジになるということなのだろうが、カラーネガはカラーポジになるのだろうか、それともモノクロポジになるのだろうか?
ネガが出てきたら試してみよう。

これで、出かけない休日はこの作業に没頭することになりそうだ。


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2015.02.06

頑張れマクドナルド!一度テイクアウトだけにしてお店の抜本的な見直しも必用では?

20150206_115647s昨日2014年12月期の決算発表をした日本マクドナルドHD。赤字は予想はしていたけれど、11年ぶりの赤字は218億円にも上った。
スカイマーク同様、Macにはなくなってもらっては困る。コンビニとならんで全国何処に行ってもすぐに見つかり、ランドマークともなっているし既にインフラにも近い。頑張って欲しいから、まずは利用することて応援だ。
早速、午後からお台場に行くので、お昼に新橋駅前のMacに寄ってみた。

さすがにビジネス街の新橋、お昼時のMacは相変わらずお客さんが多い。店内で食べようと思っても、空いた席を見つけるのもなかなかに大変。学生やファミリーが中心客層の住宅地のお店は、ずいぶんお客さんが減った感じではあるが、お財布が寂しいビジネスマンはそんなことは言ってられないのだろう。アベノミクスで大手の企業業績は良くなっても、中小企業や労働者の懐にはいっこうにその恩恵は廻ってこないのだから。東京のビジネスマンのランチにかける平均は600円ちょっと。あくまでも平均だから、週に2~3回ちょっとした定食を食べれば、300円前後の立ち食いそばや牛丼、それにMacやコンビニ弁当で済ませて、予算内に抑えなければならない。ワンコインで済ませる昼食のローテーションに、Macは欠かせないはずだ。

新橋日比谷口店は、お客さんが多いのは良いのだけれど、色々と改善すべき点が目に付いた。
店内での食事スペースは4階まであるが、暖かい空気が上に昇るせいか上階に行くほどに暑くなる。4階だと、じっとしていても汗が出るほどに空調が強すぎる。従業員は薄着で働いているから感じないのかもしれないけれど、寒い外から厚着のまま店内に入るお客さんにはたまらない。

2つめはトイレの臭い。人手が足りないくて清掃が追いつかないのか、ビルそのものの老朽化によるものか、理由はわからないけれど、アンモニア臭が各階に漂っていた。
各階の階段のそばにトイレがあるため、なおさらに気になった。
他にも不潔とまでは言わないけれど、店のあちこちに清潔とは言い難い光景が目に付くのだ。

それを普通の事として見過ごしてしまう従業員の意識が一番の問題だろう。

今、マクドナルドの売り上げ不振・客離れの原因は「安心」や「安全」に対しての不安。それぞれの店舗は「砦」なのだから、しっかり守らなければならない。逃げ場・安らぎの場を求めてやって来るお客様を温かく迎え入れるためには、堅牢で安心できる砦にしなければならない。
メニュー改革も必用かもしれないけれど、その前に足元の店舗を清潔に、安心感のある居心地良い空間にしないと、ファミリーや若い人は戻ってくることはないだろう。
一旦、テイクアウトだけに絞って、店作りから見直したらどうだろうか。

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2015.02.03

報道番組は、「ダイハード」の「ソーンバーグ」になっていないか?

仕事を終えて帰宅し、毎晩見るニュース番組。
とても疑問に思うのは、ISILに関する報道姿勢。
そこで流される報道は、一連の映画「ダイハード」で捜査を妨害するテレビレポーター、「ソーンバーグ」と重なってしかたない。
話題にさえなればそれでいいのか?

残念ながら殺されてしまったであろう後藤さんは、映画「アンカーウーマン」のロバートレッドフォードと重なって見える部分もある。ジャーナリズムについて、それぞれの番組プロデューサー、ディレクター、記者、アンカー、自分の言葉で明確に文字にできるのだろうか?説明できるのだろうか?
ジャーナリストとして、限られたごく少数の人にしか言葉にできないような気がする。

「今」を伝える報道はいわゆるドキュメンタリーともちょっと違う。
日本人は、阪神淡路大震災、東日本大震災という未曾有の自然災害を経験し、突然身に降りかかる自然災害による生と死の狭間を、国民全体で自分の事のように感じ、思いを重ね共有したはずだ。しかし、ISILによる誘拐・拘束に関しては「自己責任」、「遠い国で起こった事」として他人事のような反応も多かった。それは、政府の対処に対する批判であったり、しょせんは「個人の無責任な行動の結果である」という突き放した捉え方でもある。
ネットでは、誰のコントロール下にも無い批判や主張・拡散・共有・共鳴・反論……
それをマスメディアは正しい方向に収束させるようなことも無く、あるいは政府・外務省の対応を野次馬のごとく批判をするだけで何の方向性も示せない。話題に遅れてはならない、視聴率を落としてはならないという場当たり的な放送に終始しているように思うのは僕だけだろうか。

イラク戦争の時には、何か問題が起こったときに世間や家族からの批判を恐れ、自社の社員・スタッフを現地に送ることはしなかった。もちろん、骨のあるジャーナリストが大手メディアの社員にもいたが、会社がそれ(現地へ行くこと)を許さなかったのだ。その流れは今も変わらず、今回の後藤さんや3年前に取材中に亡くなったジャパンプレスの山本さんほか、海外の紛争地で前線に立つのはフリーのジャーナリストであり、日本のマスメディアの多くは彼らの命を賭した使命感のうえに得られる現地の状況を報道するしか術はないのだ。まるで、「踊る大捜査線」の会議室を見ているようではないか。
Zero_2
2011年、911直後に現場を見ておきたいと、直後の11月にニューヨークに2泊4日で出かけた僕に、友人の記者から「行かせて欲しいと会社に要望したのに、危険だからと行かせて貰えなかった。羨ましい」と言われながら現地へ出かけたのが思い出される(写真はグラウンドゼロ)。
自分達で命を賭すこともなく、取材もせずに与えられた情報だけを流すのであれば、大戦中の大本営発表のニュースを流すのと同じだし、ニュースリリースをそのまま流すネットのニュースサイトとなんら変わらない。

ネットでは注目を集めるべくデマや妄想の投稿もあり、間違った情報の拡大や炎上にも繋がっている。
故松下幸之助翁は「批評、批判は後でよい」とも言っている。
このような状況下で、マスメディアに身を置く人には、今この瞬間に社会から求められていることを理解して「報道機関」としての役割を果たして欲しいと、切に思う。


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