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2013.05.30

三浦雄一郎さんの無事の帰国に安堵

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     ※写真はミウラドルフィンズホームページより

三浦雄一郎さんの80歳でのエベレスト登頂。
挑戦を表明された報道に接したときには、まさか!?と自分の耳目を疑った。しかしそれは本当だった。
前回75歳での挑戦と成功も驚きであり、奇跡に思えた。いや、その5年前の70歳でさえそうだ。

そもそも、エベレスト登頂に挑戦し始めたのは、50代で世界7大陸最高峰からのスキー滑降を成功させた後に目標を失ってしまい、次の目標を探し求めた結果。ちょうどバブルスタートの頃からバブル崩壊後10年ほどの期間、三浦さんは目標を失っていたことになる。

まさにそのど真ん中の1991年、僕はアメリカズカップに挑戦しているニッポンチャレンジの取材と観戦のために、3週間サンディエゴに滞在した。ニッポンチャレンジの広報責任者は三浦エミリさん。そう、三浦雄一郎さんの長女。そしてエミリさんの運転手代わりにこき使われていたのが、当時アメリカに留学していた次男の豪太さんだった。

バブル崩壊直後の1993年、船橋にららぽーとスキードームSSAWSが作られ、マスコミ向けのお披露目が行われた。その時、数年ぶりにエミリさんと再開。そして三浦雄一郎さんを紹介された。後にも先にも唯一このとき、三浦雄一郎さんと名刺(既にクラーク記念国際高等学校校長だった)交換をし、お話をさせていただいた。その時は、校長の名刺に違和感を感じたのを覚えている。

今回のエベレスト挑戦では、豪太さんは雄一郎さんと共に頂上を目指し、エミリさんは日本で現地との連絡と後方支援を取り仕切っていた。日本全国では、クラーク記念国際高校の生徒さん達が固唾を呑んで見守り、登頂の成功を祈っていた。
5月23日、三浦雄一郎さんは世界最高齢の80歳で、息子の豪太さんと共にエベレストの頂上に立った。ベースキャンプでは長男の雄大さんが、日本の自宅事務所ではエミリさんと奥様が、北海道をはじめとする日本全国では、教え子達が静かに喜びを噛みしめた。マスコミの騒ぎとは対照的に。
家族や身近な人は知っているのだ。帰り道こそが大変だということを。無事に帰国するまでは本当には喜べないことを。
そして、昨日無事に帰国を果たされた。
僕も、やっと今回のエベレスト登頂成功についてここに書く気になれた。

下山で、途中からヘリコプターでベースキャンプに戻ったことについて一部で非難されているが、なんでそんな事で非難する必要があるのだろうか。80歳の体力の消耗と疲労から危険を回避するために必要であっただけのことで、正しい判断だったと思う。もしもくだらない見栄やべき論で命を落とすようなことがあったら、折角の偉業も、「登頂成功も下山途中に非業の死」と見出しが立つ。そんなのを誰が見たいものか!

雄大さんも近く帰国し、家族全員揃っての食事。その時がこの挑戦の本当の完了。その日が待ち遠しい。
家族一丸での挑戦と成功。本当におめでとうございます。

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